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いきいきOB訪問1

みんな違って、みんないい

高橋 真理子さん

全盲のアマチュアバンド「スマイル4Beat」。高橋さんが彼らと出会ったのは、平成10年のころだという。以来16年に渡り、メンバーの社会参加と自立を支援する活動を行ってきた。

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サイドストーリー

演目のレパートリーはどれくらい?

スマイル4Beatのコンサートでは、観客からのリクエストに応じる機会も多い。レパートリーはいったいどれくらいあるのか。うわさでは1000曲ともいわれ「それでは」とスタッフが腕まくりして調べてみたところ、300曲くらいまで数え上げた時点でギブアップ。昔の曲ならほとんど対応可能だとか。最近の曲は、特に若い歌手のそれは早口で聴き取りづらいため、演奏できるものとそうでないものがある。音源はもっぱらラジオかCD。週1回2時間程度の練習時間を確保したいが、日中は施設の作業があるため、コンサート直前に集中して練習せざるを得ないのが現実だとか。
「小さな施設でやっても大きなホールでやっても、彼らは淡々と演奏しています。大きな拍手や手拍子があって、テンションが上がるときもまれにありますが、どこに行っても手抜きだけはしませんね」と高橋さん。

スマイル4Beatの横顔

ステージ上の4Beatステージ上の4Beat

各会場で配付している会員募集用のチラシ(応援隊結成時に手作りしたものを今も使っている)には、スマイル4Beatの4人のメンバーの横顔が次のように描かれている。一部加筆して紹介してみよう。(年齢は平成26年5月現在)。

☆ピアノ 乙黒信広(42歳)
メンバーの中心的存在。初めての曲でも2〜3回聴くと、自分のものとしてピアノで弾くことができる。最新の歌謡曲、懐かしのメロディー、童謡、演歌、民謡、クラシック等ジャンルを問いません。

☆ヴォーカル 吉井賢紀(43歳)
乙黒さんとは高等盲学校からずっと共同生活をしていて、乙黒さんのピアノに合わせての歌声は息がぴったり。

☆パーカッション 山本守美(50歳)
過去の高校野球(甲子園)の入場曲をそらで言えるほど記憶力が抜群。それを生かした独特のメドレーがコンサートを楽しませてくれる。あまりの楽しさにコミックバンド?と思われてしまうことも。

☆ドラム 工藤勝則(50歳)
手をたたいてその音の反射音から周囲の状況をつかむことができるという優れた聴力の持ち主。どんな曲でも一度聴くと自分でリズムを刻むことができる。

高橋さんって、どんな人?

高橋さんは、4人のメンバー、あるいは仲間のスタッフたちからどう見られているのか。4人からは、「やさしい人」「ほんわかさん」「お母さんみたい」「声がやさしいから好き」といった感想が漏れた。また、スタッフたちからは、「信頼できる」「安心できる」といった声が上がる。いつも微笑みを絶やさない高橋さん。ドリーム212の代表に推挙された理由も、人を包み込むような優しさや大らかさにあるのかもしれない。

目立たずにはいられない「夢追っかけ隊」

高橋さんと夢追っかけ隊高橋さんと夢追っかけ隊

コンサートのステージ上で、むしろ4人のメンバー以上に目立ってしまうのが、ギター、フルート、サキソフォン、ベースなどで伴奏している自称「夢追っかけ隊」。これももちろんドリーム212のスタッフである。小学校の元校長、その大学時代の同期だったという教師出身の女性…。皆さん、かつてスマイル4Beatの歌と演奏を聴いて感動を共有した、ちょっとお年を召した面々だが、いまは都合のつくかぎりステージに駆けつけ、4人の演奏を側面から援助している。「彼らから音楽の新しい楽しみ方を教えてもらった」という元校長。「目立つのが嫌い」といいながら、エレキギターを掻き鳴らし、楽しそうに、リズミカルに舞台で跳ねている姿がなんとも若々しい。

もっとも印象に残っているコンサート

コンサート右サイドからの絵コンサート右サイドからの絵

多いときで年間40〜50回、最近は20〜30回、とにもかくにもこれまで通算600回以上のコンサートをこなしてきた。保育・幼稚園、小・中学校、養護学校、老人施設、お祭りや成人式などの各種イベント。大ホールでの演奏もあれば、路上ライブもあり、屋内外のさまざまな会場がスマイル4Beatのひのき舞台になった。
そのなかで、高橋さんがもっとも印象深く記憶しているのが、丹頂鶴の飛来地として知られる鶴居村で行われたコンサートのことである。会場は鶴の飛来地にほど近いレストランの二階。ここで、ある一人の老女性が駆けつけ「すごくよかった」と言ってくれた。
「その方は、鶴の餌付けをしているおばあちゃんで、あとで関係者に聞くと、『コンサートに絶対来るような人じゃない』とか。それこそ感動して涙を流してくださる方はどの会場にもたくさんいらっしゃいますけど、頑固なおばあちゃんの言葉、それがなんだか妙にうれしくて、強く印象に残っていますね」

ふところ事情は厳しいが、広報活動は控えめ

袖で出を待つ

ドリーム212の財源は、会員による1000円の年会費やコンサートの謝礼などが中心。ほとんどの場合、交通費や宿泊費・食事代はクライアントに工面してもらえるが、それでも移送の車代やガソリン代など、なんやかやと出費がかさみ、自腹を切ることが多い。頼みの綱である会員は、結成時に登録数630人を数えたが、その後幽霊会員が増え、いまは実質250〜300人程度にとどまっている。イベント会場で会員募集用のチラシを配っているが、それとて結成当時に手作りしたものを内容を変えずに使い続けている。
全市町村制覇の目標を達成するためにも積極的な広報活動をしたいところだが、現状は口コミに頼るのみで、インターネットなどは利用していない。というのも、4人のメンバーも年齢を重ねて40代〜50代となり、一度聴けばすぐに飲み込めた曲が覚えられなくなったり、体調がすぐれないために本番中に音が外れたりするケースがでてきたからだ。高橋さんには、最近、彼らの体力や聴覚などの衰えが早いようにも感じられるとか。それが唯一とも言える気がかりな点だ。受け入れ態勢を考えると、目標を達成したいからと無闇な安請け合いはできない。「お客さまと一体感が生まれ、共感・共鳴するコンサートにしたいですからね…」

外に出て、何にでも首を突っ込むのが好き

コンサートのあるなしに関わらず、高橋さんは毎週水曜日に4人が共同生活している施設に出向いている。「遊びに行ってます」とにっこり微笑むが、実際には彼らに健常者と変わらぬ日常を体験させようという狙いもあってのことだ。散歩、買い物、散髪、銭湯。付き添う内容はそのときどきで異なるが、他のスタッフたちと手分けしながら、車のハンドルを握って颯爽と街に繰り出すのが楽しくてたまらないとか。
車の運転といえば、昨年の7月までの2年半、社会福祉協議会の移送サービスにも関わっていた。毎週火曜日の午前9時と午後3時、身体に障がいのある女性たちをデイサービスの施設まで車で送り迎えする。その仕事を頼まれたのも、息子が交通事故に遭ってから「何か情報がもらえないか」と社協に立ち寄ったのがきっかけだった。当初はボランティアだと思っていたが、時給で給料が発生。「そのつもりはなかったので、全部寄付しました」と笑った。
平成13年12月に退職して専業主婦になってからも、家にじっとしていることはまずない。「いろんなことに首をつっこむのが好きな人なので」。還暦を過ぎても、目は童女のように輝いている。

60本の赤いバラ。夫の愛情にも支えられて

笑顔の高橋さん笑顔の高橋さん

高橋さんは、昭和50年に結婚。そのときから同い年の夫とあつま町で暮らしている。同居していた義父は2年前に亡くなり、母も今年の4月に他界した。郵便局に勤めていた夫は定年後、再雇用で2年間働いていたが、趣味でやっていた畑仕事に専念したいとサラリーマン生活にピリオドを打った。1アールあまりの畑に、じゃがいも、豆、レタス、ほうれん草、にんじん、大根などを植え、あたかも専業農家のように立ち回る夫のそばで、高橋さんは、草取りや土寄せなどの「雑用」で支援する。
60歳の誕生日。夫から思いがけないプレゼントがあった。60本の赤いバラ。それこそサプライズ。うれしさのあまり、夜の8時半という遅い時間も顧みず、みんなのところへ見せに回った。バラはしばらく室内に飾っておいた。だんだん萎れてくる。ただ捨てるには忍びない。そこでバスタブに浮かべてみた。バラ風呂。体を沈めて記念写真を撮った。
愛と情熱の赤いバラ。ふだんは人を支える側に回っている高橋さんだが、実はその活力源は、夫の愛情と支えにあるのかもしれない…。

(LA No.177)

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