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夢だった書道塾を開く
塾生は幼稚園児から八十歳代まで

川内ヒサさん

「書道があったからやってこれた」

川内さんが書道塾を開く嬉野市は人口約28,000人、佐賀県の西部に位置し、日本三大美肌の湯に数えられる温泉やお茶で知られている。書道人口が多い佐賀県の中でも、特に書道が盛んな土地だという。
取材時、川内さんから「是非召しがって行って下さい」と勧められたのが、温泉水で作った木綿豆腐を温泉水で煮る“嬉野温泉湯豆腐”。残念ながら時間の都合もあって食す機会を逸した。

川内さんが開く書道塾は、ご両親と共に暮らした思い出の詰まった自宅跡地に75歳までのローンを組んで建築したもの。この自宅の設計から管理までを手掛けてくれたのは、設計士の実兄とのことだ。ちなみに川内さんは5人兄姉の末っ子、20代の前半に母親を後半に父親を亡くしている。若くして両親に先立たれたが、「父親の生存中に書道師範資格取得を知らせる事が出来たのが唯一の親孝行でした。多分、書道があったから一人でもやって来れたのかも…」と話す。書は、“生きがいであり希望”。

電電公社時代、電話運用課から機械職に転じた当時のことを振り返り、「アナログ三種の資格取得のために高校時代に習った数Tの復習から始め、法規の丸暗記などで脳みそがかき回される感じがしながらも、徐々に頭の中が整理整頓される思いがして心地よかった。引き続きデジタル一種の取得まで頑張り、2年後に資格を手にした時は本当に嬉しかった」という。そして、「この資格証は、数年後に携わった営業担当者として自信を持って業務遂行する基盤になったと思います。これまで多くの人に出会い、支えられ、教えられ、協力して頂きました。全ての人たちに感謝しています」と続けた。

本文

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夢だった書道塾を開く 塾生は幼稚園児から八十歳代まで 本文(PDFファイル 323KB)

サイドストーリー

塾生の口コミで広がる

塾生

塾の風景

書道塾を開設した当時の塾生4人から現在46人へと広がったが、その裏には川内さんらしい工夫がある。
「書道の道具は硯や文鎮、墨汁など重いものが多く幼年や高齢者には負担になるし、取り扱う時に汚してしまうかもしれないと考え、下敷きも含めた4点セットを常設設備にしたことで学校帰りや仕事帰りに身軽に立ち寄れることが評判になっているようです。特に広報活動はしていないのに年々塾生は増えています。多分、私がのんびりしているので生徒さんが勧誘して下さっているのでしょう」と微笑む。
「子ども達一人ひとりに特徴があります。“トメル”のが上手な子、“ハラウ”ことが上手な子とさまざま。いろんな段階を過ぎて上達して行きますが、この流れは共通しているようです。それがだんだん分かってきました。得意を伸ばし、苦手を繰り返し練習することで昇級、昇段する!という体験から少しずつ自信を身につけてくれれば幸いと思いながら指導しています」。

多忙なれど、充実の日々

教室は火・木・金・土曜日の週に4日。火曜・金曜日は午後から夜9時まで、木曜日は自宅を離れ白石町での教室、土曜日は朝から夕方まで開く。教室が休みでも課題書の添削や手本作成があり、地区の班長業務も担う多忙な毎日。そして書道家としての自分の稽古もある。「書体では楷書・行書・草書などがありますが、文字にデフォルメ・変化をもたらすことができ、創造性を発揮できる草書を書くのが好きです」と語った。時間はいくらあっても足りないようだ。
退職後、書道一筋に進む川内さんのセカンドライフは、“充実”の一言と言えよう。

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