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ライフアシスト

いきいきOB訪問1

独自に開発した“瓦彫”を極める

田島 勉さん

「現役の頃から55歳でスパッと退職し、それまでとは違った世界でセカンドライフを過ごそうと考えていました。趣味の充実だけでなく、ボランティアでの社会参加、生涯学習などさまざまな分野を経験したいと思っていたんです」
そう語るのは神奈川県横浜市に住む田島勉さん。現在は、自身で開発した“瓦彫”アートに取り組み、美術展に連続入選し、地元のテレビ局が取材にくるほどの腕前となりました。充実したセカンドライフを目指し、今もなお好奇心と探求心が旺盛な田島さんを訪ねました。

田島勉さん

本文

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独自に開発した“瓦彫”を極める(PDFファイル 1.4MB)

サイドストーリー

―現役のころはスポーツマン。新しい出会いが生き甲斐。―

文化、芸術に興味を持ち、セカンドライフを充実させている田島さんですが、実は現役のころはバレーボール選手としても活躍したスポーツマンでした。

電電東京チームと田島さん 田島勉さん
1964年(昭和39年)全日本実業団男子バレーボール選手権大会に東京都代表として出場した、電電東京チームと田島さん。

高校時代はクラブの部長を務め、入社と同時に電電東京バレーボール部に入部、25歳で退部しました。その後は地区管理部の各電話局から集ったメンバーで構成されるバレーボール同好会に参加して活動を続けました。更なるチームの技術向上と運営の充実のため会社や労働組合に働きかけ、理解、協力を得て1971年(昭和46年)に念願の公認サークルとして発足することになり、監督に就任しました。
「当時はレクリエーションが盛んで職場の活性化はもとより、一致団結して物事を成し遂げるチームワークの醸成に少しは役立ったかなと思っています」
若手の面倒見が良く、いざというときにはリーダーシップを発揮する人柄が、人望を集めたのでしょう。引退後は、地元のママさんバレーボールチームや中学生のチームのコーチを数年間務めました。同時に、バドミントンが趣味の奥さまとご一緒にプレイを楽しんだりと、常にスポーツと共に生活を送ってきました。
現在は、健康のために毎日2時間のウォーキングを欠かさず、月に1〜2回、ウォーキングの会へ参加しています。

また、最近は省エネを徹底したエコ生活を送っているとのこと。この冬の電気代が昨年月1万2千円だったのが、今年は5千円と半分以下に。エアコンを石油ストーブにするなどして、節約しているそうです。また、野菜作りもしているとのことで、そこでもエコライフを実践しています。このエコライフは作品作りにも通じるところがあります。本誌でも紹介したように、「瓦彫」の瓦は使用後のリサイクルに徹していますし、極力お金をかけない作品作りを目指しているということです。

横浜市民ギャラリーで作品と共に
横浜市民ギャラリーで作品と共に

場所も取らないしお金もかからないとご自慢の作業台で
場所も取らないしお金もかからないとご自慢の作業台で

制作に半年かかった大作「般若心経」
制作に半年かかった大作「般若心経」

セカンドライフの経済的なプランでは、「住」の部分を除けば、厚生年金、企業年金、そして、テルウェル年金があれば、十分にセカンドライフを満喫できるといいます。ポイントはエコライフのようです。
田島さんのセカンドライフは、本誌で紹介しきれないほど多様なものです。「瓦彫」以外にも、先に紹介したウォーキングの会への参加、野菜作り、横浜シニア大学の受講、庭の手入れ、四つ葉のクローバーの収集、川柳などなど。
「異なるジャンルの人々との出会いが、私の人生の財産でもあり、それが生き甲斐となっています。新しいことを始めれば、また新しい出会いがある。それが楽しみなんです」
 チームワークや人とのつながりを大切にする田島さん。取材スタッフにも、いろいろと気を遣い出会いを大切にするお人柄が見て取れました。

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(LA No.106)

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