トップ > ライフアシスト > いきいきOB訪問2

ライフアシスト

いきいきOB訪問2

スポーツ・体操を通じて
社会の役に立ちたい

トライアスロンの選手、女性アスリートと聞けば、子どもの頃からスポーツ万能スポーツ一筋の生活を送られて来たことだろう、と想像していた。しかし、阿部さんのお話を伺って見事に裏切られました。セカンドライフをスポーツにかける阿部さんは、努力と情熱の人でした。

本文

冊子本文はPDFにてご提供しております。本ページをご覧いただく前に是非ご一読ください。

鉄人レースを何度も完走した、スーパーアスリート!本文 (PDFファイル 1.2MB)

サイドストーリー

―鉄人レースを何度も完走した、スーパーアスリート!―

体操教室で指導中の阿部さん

阿部さんは、現役時代、アスリートとしても活躍したスーパーウーマンでしたが、若いときからスポーツ万能だった訳ではありませんでした。 「本格的にスポーツを始めたのは、31歳の出産後からです。ちょっと太ってしまったのでジョギングを始めたら、どんどんのめり込んで、フルマラソンに出るようになったんです。そしたら、膝を故障しちゃって。仕方がないので膝に負担のからない水泳を始めました。ほとんど泳げなかったんですけどね(笑)。そしたら、今度は水泳にのめり込んじゃって、気がついたら肩を故障。じゃあって、今度は自転車を。気がついたら3種目をこなせるようになっていました。それで、トライアスロンをやっていた主人のすすめで始めたんです。その時には、故障していた膝も肩も自然と治ってましたね」

出場したレースは宮古島トライアスロン、佐渡島トライアスロンなど有名な鉄人レースに10回ほど出場。しかも、すべて完走というすばらしい成績を収めています。 熊本県出身の阿部さんは、電話交換手の職を得て上京。9年間、交換手の仕事をしていましたが、本人の希望で営業職に転身しました。電電公社時代にはなかったセールス感覚を養いながら、セールスの最前線で活躍しました。このときも、トライアスロンでの実績が役に立ったと言います。
「お客さんがスポーツ好きな場合は、必ず私が担当になりました。当時、女性のトライアスリートは非常に珍しかったですから」
トライアスロンを引退したあとに没頭した卓球は、トライアスロンのトレーニングとして行っていた通勤ランの途中で見つけた教室に顔を出してから。
「楽そうなスポーツだなという、軽い気持ちから始めました(笑)。すぐに間違いだと気がつきましたけど。体力だけは自信がありましたから、卓球も人の2倍は練習しましたね」
今でも、体操教室以外のときは、ほとんど卓球に時間を費やしています。2つの卓球チームに所属し、アマチュアの大会では何度も優秀な成績を収めています。卓球指導員の資格を持っている阿部さんですが、卓球はまだまだうまくなりたいとスキルアップに余念がありません。
また、近々お孫さんが生まれるそうで、それが今から待ち遠しいようすでした。

このコンテンツ(映像)をご覧いただくには、Adobe Flash Playerが必要です。
Adobe Flash Playerは、以下よりダウンロードできます。
※ダウンロードは無償です。

このページのトップへ