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夢のステージ マイセカンドライフ

50歳にして、若かりし頃の夢を実現

安浦岡 正和 さん 博多長浜ラーメン「一天」店主

今回紹介するのは、約30年前に「ラーメン店かうどん店がやりたい」という夢を断って電電公社に入社した男が、50歳で一念発起してラーメン店をはじめたというお話です。

本文

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50歳にして、若かりし頃の夢を実現 本文(PDFファイル 507KB)

サイドストーリー

50歳の時に一大決心をし、念願であったラーメン店を開こうと考えた安浦岡さんは、馴染だった福岡市にある「博多長浜ラーメン いってつ」に弟子入りする。店主にも可愛がられ、3年間の修行の後、生まれ故郷の唐津市に店をオープンした。

博多ラーメンvs 長浜ラーメン

安浦岡さんの店の看板には「博多長浜ラーメン」と謳われているが、その道のマニアに言わせると、もともと博多ラーメンと長浜ラーメンは別物だという。

「博多ラーメンは、博多名物の水炊きの最後に締めとして麺を入れたものが発祥といわれ、スープは鶏ダシ。一方長浜ラーメンは、港で働く肉体労働者のたちを相手に、コクのあるとんこつスープ(*1)で、早く茹でるためのほそ麺、旺盛な食欲を満たす替え玉(麺だけのお代わり)というスタイルができた」とか。それがいつの間にか混同して博多長浜ラーメンという呼び名が生まれたそうだ。

安浦岡さんは、「そうなんですか、私は博多ラーメンにはキクラゲが入っていたかな?くらいしか違いは分かりません。修行した店が博多長浜ラーメンと看板に出していたので、それをそのまま使っています」と、あまりこだわってはいない。

実は、安浦岡さんが「いってつ」に修行をお願いしたのは、ラーメンの味ではなく、その店のチャーハンの味に惹かれたからで、「長浜ラーメンはそれほど好きではなかった」そうなのだ。だから、「一天」のメニューランキングで、チャーハンセットがダントツで1位の座を占めていることに大いに満足し、自信も持っている。

*1:安浦岡さんのとんこつスープづくりは、豚の骨・皮・脂を4時間煮たあと、アク取りなどをして7時間ほどかけて作る。週2回ほど仕込みを行うが、同じ味を出すのが難しいうえ、売れ行きが芳しくないとスープが煮詰まりすぎて使えなくなり、売れ行きが良いと足りなくなることも。

商売のことあれこれ

店名の「一天」命名の謂れ(いわれ)をお聞きすると「他にもいろいろと候補がありましたが、当時の流行が小文字が入る名前でした。天下を取るという意気込みも込めて“いってん=一天”にしました」とのこと。


人気のチャーハンセットA

メニューは、単品からセットまで多彩だが、一番の売れ筋はラーメンと半チャーハンを組み合わせた「チャーハンセットA(800円)」だそうだ。また、オリジナルメニュ−で「焼きラーメン」というのがあるが、これは作るのに一番手間がかかるとか。

安浦岡さんの一日だが、平日は8時半に店に出て開店の準備。15時に店を閉めた後は、一人で掃除をし、終わるのは18時ごろになるそうだ。定休日も普段できない掃除や、仕込に忙しい。ましてや、営業時間が長い土曜・日曜などは長時間にわたる重労働である。

「コストに対する収入、労働時間の長さなどを考えると、他の人に薦められる商売ではありませんよ」と言うが、“美味しかったよ、また来るね”のお客さんの言葉を聞くと、疲れも飛ぶとか。

「売上に一喜一憂させられますが、自分のやりたいようにできる。お客さまとの会話を楽しみながら気楽にやれる」と、セカンドステージの良さを語った。

■主なメニュー
・ラーメン 500円
・替え玉 100円
・チャーハン 500円(スープ付)
・チャーハンセット 800円(ラーメン&半チャーハン)
・餃子セット 700円(ラーメン&餃子5個)
・焼ラーメン 700円
・ちゃんラー 700円

営業時間 土・日祝 11時〜20時30分 、平日  11時〜15時、定休日 水曜日

唐津一口メモ


満島山頂に立つ唐津城(別名は舞鶴城)

唐津市は人口約13万人、佐賀県の北西部に位置し、玄界灘を臨む。唐の津と呼ばれるだけあり、古くから大陸との交易の要所として栄えた。慶長13(1608)年、寺沢氏により松浦川の河口に唐津城が築城されるが、この建築資材に豊臣秀吉が築いた名護屋城跡のものを利用したとある。

現在の唐津城は、昭和41年に天守台跡に再建されたものだが、城内には古唐津焼きなどの常設展示もされている。また、ここの展望所からは、唐津湾に浮かぶ島や日本三大松原の一つ「虹の松原」(国指定特別名勝)が見渡せる。

唐津神社の秋の祭礼は、「唐津くんち」(毎年11月2日〜4日)として知られる。祭に彩りを添える曳山(ひきやま)は、文政2(1819)年から明治9(1876)年にかけて、15台が各町内から奉納された。現在は14台が残っており、華麗で見事な曳山が巡行を繰り広げるそうだ。市内に曳山展示場があり、ここで町内毎に展示されている14台の曳山が、一同に見られる。
制作に2年の日時を要したといわれる曳山(重さは2〜4トン)は、美術工芸品である。現在、新たに作るとなれば、一台数億円の費用を要するといわれるのも、頷ける。

唐津散歩

唐津くんち

唐津神社に縁起に合わせて11月に行われる巨大な曳山を練り歩く華やかな祭り。漆の一閑張りと呼ばれる技法で作られた赤獅子、青獅子、金獅子、鯛、亀と浦島太郎、源義経の兜、酒呑童子など14台が、独特の曳子装束で身を固めた若者たちに引き回される。若い頃は安浦岡さんも曳子として何回か参加したそうだが、会社勤めを始めてからは足が遠のいたそうだ。本祭りの11月2日〜4日は唐津の町はくんち一色になり、「一天」付近の人の流れも無くなってしまうため、「今年は店を休みにしようか」と考えているそうだ。

唐津城

松浦川が唐津湾に注ぎこむ川口の小高い丘稜を利用して、豊臣秀吉の家臣・寺沢志摩守広高が築いた城。慶長年間に朝鮮遠征の拠点であった名護屋城の解体資材を用いて築いたとも伝えられる。現在の天守閣は昭和41年に完成したもので天守閣からの松浦潟、虹ノ松原などの眺めは見事のひとこと。「一天」の店のすぐ裏手からも松浦川沿いに見渡すことができ、その気高い姿から、別名「舞鶴城」の名があり、唐津市のシンボルとして親しまれている。

(LA No.296)

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