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セカンドライフ OBの始めたおいしいお店

取材余話

牛に引かれて善光寺参り

ごしょ楽上野さんとの約束時刻の2時間前に、長野駅着。
うどん屋さんに伺うからには、うどんを頂くのは最低限の礼儀。早めの昼食を摂るわけにもいかず、どこかで時間をつぶさなくてはならない。同伴のライター氏曰く『長野っていったらどこなのよ』。当方、長野県出身とは言え地元はずうっと南の方。長野と言えば「善光寺」くらいしか知らない。それも最後に行ったのは20数年前。結婚直後に妻と両親を車に乗せ、大町から鬼無里経由で善光寺まで来た。親父が途中で車酔いになってしまい、蕎麦も食えず・・・そんなことはどうでも良い。
『じゃあ、善光寺だな』。ライター氏の一言で行く先決定。

久々に訪れた善光寺。変わっていないようで、変わったようで。
変わらないのは、宿坊。
変わったのは、商店街。

参道などに39ある宿坊
参道の商店街

昔はもう少し歩道の幅が狭く、商店も古くさかったような。
手打ち風景を見せるそば屋さんがあって、その隣には名物の唐辛子屋さんがあったような。とはいえ、その記憶は数十年前のこと、確かかどうかもあやふやなもの。しかし、門前は明るく綺麗にはなっているし、カフェやおやきショップは昔はなかったのも間違いない。と思う。あったけど、気がつかないだけだったか。最近記憶に自信が持てないのは、還暦間近のためか。

仁王門 大正七年(1918年)に再建

仁王像がにらみをきかす「仁王門」をくぐり、「山門」の前に立つ。

寛延三年(1750年)に建立された二層入母屋造りの門で。大きく「善光寺」と書かれた額は通称「鳩字の額」と呼ばれており、3文字の中に鳩が5羽隠されているとのこと。なんとなく、いるような。更に「善」の一字が牛の顔に見えると言われ、「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っているらしい。 見えますか。鳩、牛。


山門

煙をたぐりよせる妊婦さん

山門をくぐって境内に入ると、線香の香りが漂ってくる。
漂う煙を良くなって欲しいところにたぐり寄せるのは、どちらでも同じ。さりげなく頭と心臓にこすりつける。自信の無いところです。
必死で写真を撮っていると、女性三人組が登場。若い妊婦さんと母上、そして妹さんと見た。幸せそうな笑顔で、煙をお腹にもっていく。こういう風景が沢山見られたら、日本もきっと良くなるのになあ。なんて、漠然と思う。お子様の無事の誕生を、私も願っております。(既に誕生しているかも)

本堂内

一方、信心のかけらも見せたことのないライター氏を探すと、なんと本堂で合掌していました。願うのは、家族の健康か、おのれの懐具合か、はたまた・・・

神社仏閣に身を置いていいのは、自分と向き合えるということ。
神や仏に願い事をするときに、何をどの順番で願うか。自分はいま、何が大切だと思っているのか。何を願っているのか。日常生活のなかで、明確にしていないことを考える機会を与えてもらえる。因みに、神様仏様に願い事をするときは、自分の住所氏名を言ってからにした方が良い、ということを聞いたことがある。神様仏様だって何処の誰なのかすべて承知しているわけではないらしいので。
私も家族三人分300円を賽銭箱に投入して願い事をしました。もちろん、家族の健康と私の懐具合。あっ、住所氏名をお伝えするのを忘れていました。大丈夫かな。

取材に訪れた4月下旬、境内の桜が満開でした。

そうそう「牛に引かれて善光寺参り」のことを忘れていました。
その意味は、「《信心のない老婆が、さらしていた布を角にかけて走っていく牛を追いかけ、ついに善光寺に至り、のち厚く信仰したという話から》思ってもいなかったことや他人の誘いによって、よいほうに導かれることのたとえ」ということです。

人生振り返ってみると、「牛に引かれて善光寺参り」のことってけっこうありますね。
これからすこしは、牛の役を果たしてみたいものです。

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