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巻頭インタビュー いまを生きる

人生生涯 小僧のこころ

慈眼寺住職・大阿闍梨 塩沼亮潤さん

少年時代テレビのドキュメンタリー番組で観た、千日回峰行に挑む修験者のひたすら歩き続ける姿に心打たれた。母と祖母と三人の貧しい家庭環境であったが、笑みの絶えない明るい家庭で育った。そしてやがて、奈良吉野の金峯山寺で修行を積み、1300年の歴史で二人目という大峯千日回峰行を満行した。いま、静かな里の暮らしで修行を続けている。

本文

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塩沼 亮潤本文(PDFファイル 1.4MB)

サイドストーリー

その立ち居は美しかった。
庭を横切って身軽に歩いてくる様、部屋に入り、用意された座布団を外す仕草。
寺の敷地に隣接した“童心庵”と名付けられた小さな庵に清涼な空気が満ちた。
慈眼寺住職・塩沼亮潤さん(43歳)

  • 1987年、吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)で出家得度
  • 1991年、大峯百日回峰行を満行
  • 1999年、大峯千日回峰行を満行
  • 2000年、四無行を満行
  • 2006年、八千枚大護摩供を満行

そのいずれもが、凄まじい苦の中をいく”行”

大峯千日回峰行を満行したのは金峯山寺1300年の歴史で2人目。
四無行では、行に入る前に、仙台からやって来た母親は、管長から「生きて出てくる確立が五分、そうでない確立が五分ですよ」と告げられている。

情報誌本誌では紙数が限られるため触れることができなかった“八千枚護摩供”
烈火の前で延々と護摩を焚く。
それに耐えられる身体を作る。
そのために100日間の五穀(米・麦・大豆・小豆・胡麻)・塩断ちをする。
そうすることで、熱を感じない身体になる。
「それはそれで危険なことが起こります。火傷をしても気付かないんです」
「力が入らなくなります。例えば10cm先にボールペンがある。それを取ろうと思っても取れない。よし!取るぞ!取るぞ!強い意志で取らないと取れないんですよ」

塩沼さん、金峯山寺・小僧時代の挿話。
得度して2、3年経つと同期の修行僧や後輩たちは、行を終えて自坊に戻ったり、本山 の職員として活躍するようになる。
しかし、行の道を選んだ塩沼さんは十年過ぎても小僧のまま。
大きな法要がある時は後輩までもが金襴の袈裟をつけて本堂の法要に参加する。
しかし、塩沼さんは長靴を履いて、花見にきた観光客が置いていくゴミ拾いをしていた。
リヤカー何台分ものゴミを素手で集めて分別する。
ある先輩から「そんな汚い格好でうろちょろするな」と言われたこともある。

そんな若い日の塩沼さんを励ましてくれたのが、本山にお手伝いに来ていた伊勢の中井のおっちゃん。
一緒に汚い仕事をしてくれ「やったもん勝ちや。やったもん勝ちや」と言っていた。

「やったもん勝ち」
なんて素晴らしい言葉なんだろう。

平成十二年、千日回峰行を終え「これからの夢はなんですか?」と聞かれた時、翌年「四無行」を目指していたにもかかわらず、「日常を行とするだけです」と答えている。
人生のすべてを「行」ととらえ、日常の生活を正しく生き、日々のなかで心を修養することを次の夢としようと思っていた。

その三つの行を満行してきた慈眼寺の住職・塩沼亮潤さん。
ともすれば「命がけの荒行」ということだけがクローズアップされるが、「どんな苦行を満たしても、山にいたのでは、ただの仙人になってしまう。
山の行を終えたなら、里に戻り、山の行で気づいたことを日常の生活で実践し、人生のあり方を皆さまにお伝えさせていただくというのが行者の定めです」

塩沼さんが開山した慈眼寺

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