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巻頭インタビュー いまを生きる

犬と話しをつけてきた

盲導犬訓練士 多和田 悟

「犬語を話す」といわれる訓練士、多和田さん。決して犬語を使っているのではなく、「訓練は科学と心理学」だと話します。観察や分析を重ね、そこから得られたデータを基に訓練計画を練り、人が何を望んでいるのかを教え込んでいく。訓練のキーワードは「グッド」。ほめることだそうです。盲導犬になるべき犬を探し、盲導犬にしてユーザーに引き渡す。言葉で言えば簡単で、実際は困難なこの仕事について伺いました。

本文

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多和田 悟本文(PDFファイル 1.5MB)

サイドストーリー

多和田さんの取材。少し長いインタビューになった。
本文に書ききれなかったことを書いてみよう。

「人はどう生きればいいのか」
高校時代からずっと心にあったテーマだったという。
「生意気な高校生でしたよ」
「よく喧嘩売られてましたね」
売られた喧嘩は買う。自分から売ることはなかった「当時の写真を見ると喧嘩売られてもしょうがないような顔しているんですよ」
柔和で人を和ませる風貌からは想像が出来ない話。

多和田さんが生まれたのは1952年(昭和27年)、滋賀県・近江八幡。
クリスチャンの家庭に育つ。
本が好きだった。
小学校の授業が終わると、近江兄弟社の図書館に通っていた。
ある日いつもは鍵がかかっている部屋を見せてもらえることになった。
そこには何も書かれていない800冊あまりの本が並んでいた。
ページをめくると不規則に並んだポチポチの突起があるだけの白い本。
点字の本だった。
目の見えない人はそれを指先でなぞり突起の配列を文字に変換することで内容を読んでいく。
それは驚きだった。

それが16歳になって点訳(点字を打ち込む)を始めるきっかけになっている。
「世の中にいいことをしようなんて全く思わなかったですね。私にとって指先で本を読むなんて、まるでスーパーマンではないか。そんなことが出来たら面白いし、凄い ことだ。それが動機ですね」
そこにあった本を読むことから始めて、やがて点訳へ。
最初に出来た点字の本を友人の通う盲学校に寄贈した。
生徒会の副会長をしている友人が代表して本を受け取った。
その後、2人でお茶を飲みながら彼が言ったこと。
「あれをこの年になって読めってのか?そりゃないだろ」
本のタイトルは「フランダースの犬」
ごもっとも。

「感動」でなく「勘当」

大学を中退して社会に出た時、父親から勘当された。
もう二度と帰ってくるな。敷居をまたぐな。
父親は経済的に不自由のない、社会的に評価される仕事をさせたかったのだろう。

書籍、映画、テレビなどで全国的に多和田さんが知られる存在になってからのこと。
「親父の晩年、ボケてからは『自分があの仕事(訓練士)させたんだ』って皆に言ってましたね」
多和田さんを自分の息子だと認識出来なくなっていた。
「目の前にいくと、ニコニコしてる。『私が誰だか判る?』って聞くと『わからん』 って言うんですよ。ところが親父が機嫌悪くなると、私が出演している番組のビデオ を流す。そうすると『せがれだ、せがれだ!』と喜んでたようです。頭の中、どうなってるのか、解らなかったですね」

全国に知られるようになって、日本盲導犬協会への寄付が増えた。
協会の運営は全て民間からの寄付と多くのボランティアによって成り立っているからだ。
組織の運営の困難さや個人的な困窮について、この人は決して口にしない。それがこの人の矜持なのだ。

「世間で言うくらいの貧乏は私にとって貧乏じゃないですよ」
本人は“負け惜しみ”という言葉を使ったが、貧しさへの抵抗力は常人をはるかにしのいでいる。

エピソードの一つ。
富山の盲導犬訓練センターに勤めていた時のこと。
懸命にひたむきに仕事をした。“寝食を忘れて”といっていい。
ほんの時々休みをとった。それは朝起きて体が動かなかった時だけ。
給料は安かった。
ある日、自宅近くの路上で盲導犬歩行訓練の最中に急に腹痛に襲われた。
急いで自宅に戻った時、奥さんが内緒で内職をしているところに遭遇する。
10個やって何銭というハンダ付けの内職。
「もうこの仕事は辞めよう」と多和田さんは思う。
その後、幾つもの偶然が重なり、訓練士の仕事を続けていくことになるのだが、この貧しさをものともしない気持の強さはどうやって生まれてきたのか。
様々に見聞きするうち、高校時代に出会った目の見えない塩見牧師の姿が浮かんでくる。
「強い影響を受けましたね。あの人こそお金に全く興味のない人でしたね。『人を駄目にするのは苦痛だとか苦労だとかじゃない。豊かさが駄目にするよ。だから気をつ けなさい』ってよく言われましたよ」

「自分が一番弱いのがどこかといえば『許す』ということにものすごく抵抗を感じるんです。クリスチャンらしくないところなんだけど。人を許せない」
意外な言葉を聞いた。どんな所を許せないのか。
「正義でない時。相手を尊重しない人。一番腹が立つのは差別ですね。どうしても許せない」
「よく、さっと許してしまう人がいるでしょ。オーストラリアで6年暮らしましたが、その時よく耳にしたのが『あなたが私にしたことを許します。でも忘れないよ』って いうのがあるんですが、私に一番欠けているところです」

“犬”に教えてきた。
今“犬に教える人(訓練士候補生)”を教えている。
「人の方が難しいですね。明確に動機づけする必要があります」

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