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巻頭インタビュー いまを生きる

ことばで変える ことばで変わる

諏訪中央病院名誉院長 鎌田 實

最新著書「言葉で治療する」にまつわる言葉の力についてお伺いした本コーナーでは、誌面ではお伝えできなかったサイドストーリー、鎌田氏関連情報をおとどけします。

本文

冊子本文はPDFにてご提供しております。本ページをご覧いただく前に是非ご一読ください。

鎌田 實氏本文(PDFファイル 490KB)

サイドストーリー

「雪とパイナップル」を巡る旅

雪とパイナップル(集英社)

ある場所を舞台に書かれた、小説やノンフィクションをその土地を旅しながら読む、というのは日常の中で読むのとは一味違った味わいをあたえてくれる。
鎌田さんの著書を通じて、そんなことを味わった思い出がある。

五年も前の夏、アテネオリンピックを観戦した後、ベラルーシへ向かった。
ウクライナに近いゴメリという町に行くためである。バッゲージの中には日本を発つ前、友人から渡された鎌田實さんの著書『雪とパイナップル』が入っていた。

隣国ウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故の放射能汚染で白血病になった少年と日本からきた若い看護師の心の交流を、ベラルーシの美しい自然を背景に描いたノンフィクション絵本、という程度の知識で読むことなく旅に出た。

−言葉を超えて−

リトアニアの首都ヴィリニュスから列車でゴメリに向かう。
次第に町が近づいてくる車中で読むその話は、そのことが起こった場所へ向かっているという奇妙な感覚の中で、絵本であるにもかかわらず強いリアリティで迫ってきた。
英語の通じない、ほとんどコミュニケーションが取れない中で、ただその町を歩き、実在した主人公のアンドレイがいた時間に思いを巡らせた。

ゴメリでこんなエピソードがあった。
駅舎内の暗い食堂でサラミパンとサラダでささやかに食事をしていると、私のテーブルに一人の老人が座った。食堂に入ってきた物乞いのお婆さんにお金を渡したりビニール袋からチーズの切れ端を出してあげている。とても豊かとは言えない服装であるにもかかわらず。
イーミャというその老人に日本から持ってきた『雪とパイナップル』を見せた途端、大きく反応した。丹念にぺージをめくりロシア語で話し始める。
私は「言葉が分からないんだ」と身振りで伝えるが「いや、分からなくてもいいんだ」というように肯いてみせ、とうとうと喋り続ける。そして何故か何度も握手を求めてきた。
肉体労働者の手の感触。この国のこの町にチェルノブイリがいかに強く影を落としているか感じさせられた。

−まごころは通じあう−

本の中では、アンドレイの骨髄移植のあと、熱と口内炎で食欲のないアンドレイに、日本の看護師ヤヨイさんは問いかける。
「何が食べたい? 何なら食べられる?」
アンドレイは消え入りそうな声で「パイナップル」と答える。だが、寒い国であるうえ、経済も崩壊状態であったベラルーシで、パイナップルを手に入れることは容易ではなかった。

ヤヨイさんはその日からマイナス20度に凍った町に出かけ、パイナップルを探し歩いた。「日本の若い女性がパイナップルを探しているらしい」と町の噂になった。
やっと見つかった缶入りのパイナップルを、アンドレイに食べさせた。
鎌田医師らの努力の甲斐もなくアンドレイは亡くなる。

この本を鎌田さんに書かせたのは、実はアンドレイ少年や看護師ヤヨイさんではなく、少年の母親エレーナさんのエピソードがあったからだ。
少年を救うことが出来ず、母親に詫びる思いを胸に鎌田さんがゴメリを訪れた時、エレーナさんから出た言葉は、思いがけず深い感謝の言葉だった。
しかも貧しい国ベラルーシでは望むべくもない高度な医療機器を導入した治療に対してではなく、酷寒の中、パイナップルを求めて町中をさまよったヤヨイさんへの感謝だった。
治療する側だった鎌田さんが、そのことに驚き感動している。

私の手元に『雪とパイナップル』はない。
ゴメリに新しくできたチェルノブイリ事故関連の患者だけが入っている州立病院を訪れた後、病院の階段を降りていくと一組の母娘とすれ違った。
娘は透き通るような肌で金色の髪の毛が歩くたび柔らかく波打っていた。
思わず私はその娘に本を差し出した。
日本語で書かれたそれを読むことは出来ないだろう。

せめてそこに描かれた絵を眺めてほしい。
そう、アンドレイが生きていれば、ちょうど君くらいの年齢なんだ・・・。

文:ルポライター津川宏幹

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