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災害時のNTTの活動 伝言お預かり活動

安否確認などが貼られた避難所の掲示板
(熊谷さん撮影)

災害時のNTTの活動

東日本大震災では津波による被害で、三陸沿岸地域の通信設備の多くが壊滅的な打撃を受けました。通信手段を失い、着の身着のまま避難所に向かった多くの人々には、家族や親戚、知人などとの連絡手段はほとんどありませんでした。NTT東日本岩手支店では、被災地の人々から伝言を預かり、本人に代わってお伝えする活動を実施しました。活動の発端は、NTT東日本-岩手水沢サービスセンター所長熊谷栄一さんの体験でした。

本文

冊子本文はPDFにてご提供しております。本ページをご覧いただく前に是非ご一読ください。

「災害時のNTTの活動」本文(PDFファイル 852KB)

サイドストーリー

「伝言メモ」に託した、被災者の声を届ける

「伝言お預かり活動」の発端を作った、NTT東日本-岩手 水沢サービスセンタの熊谷所長は、インタビューの冒頭に次のように語った。

「岩手では、昨年大晦日に降った大雪で通信設備に大きな被害が出ました。この復旧で東北各県はもとより、関東・東京からNTTグループ各社の応援をもらいました。また、三月末完工の自治体向け光ケーブル工事においてもグループ会社・関連会社からの応援を頂きようやく目処がついたところでした。このことに先ず御礼を伝えたい。本当にお世話になったばかりで、またしても今回の地震・津波と大きな被害に遭ったわけです」と、これまでの支援に対する御礼の言葉を聞くことから取材は始まった。

熊谷所長は、大船渡市細浦地区で育ち、津波の怖さについては子供の頃から聞かされてきたに違いない。それが、3月11日・東日本大震災発生と同時に両親が住む細浦地区へと、すぐさま救助に向かわせたのであろう。両親は二人暮しの上に体が不自由であった。

熊谷さんが走ったルート

救助に向かう途中、気仙沼で津波に遭遇、家ごと流される人を見るが、為す術がなかった。林道を迂回に迂回を重ね、途中で車がパンクする。たまたま通りかかった親戚の人の車に同乗させてもらい、細浦に着いた時は出発から五時間も要していた。

「月明かりの中で見る細浦は惨憺たる有様で、両親は死んだろうと思いました。処が、近所の人が負ぶって逃げてくれていたのです。高台の公民館に避難していました」。地元・近隣の人のありがたさが身に沁みた。

そして公民館で、余震と寒さで辛い一夜を過す。早朝、瓦礫と化した地区で行方不明の人を探す。熊谷さんの同級生とその母が自宅の玄関先で亡くなっていた。「年老いた母親を避難させようとしていたのではないでしょうか・・・」

2011年3月12日午前8時頃撮影の大船渡市細浦地区(熊谷さん撮影)

この細浦地区の小さな公民館・避難所で、『余震に震えながら安否を知りたい、伝えたい』という被災者の思いと姿。そして『何の連絡手段もないことを痛切に感じる』こととなった。
被災の現場を目の当たりにした熊谷さんが出来ることは、被災者から伝言メモを預かり、それを会社に持ち帰って変わりに伝える・連絡することであった。

避難所から伝言メモを預かり、その人の代りに電話連絡するという、熊谷さんの提言がNTT岩手支店全体を動かすこととなる。それが「伝言お預り活動」である。

「自分達は通信事業者なのだから、電話や携帯は使えるようにしなければいけない。使えない状況なので、原点のやり方で伝える方法を考えた。それが『伝言メモ』による伝言お預り活動なんです」、そして「被災の現場に立ち会えば、誰もがそうするでしょう」と熊谷さんは、その思いと方法について語った。

2011年3月13日の避難所(熊谷さん撮影)

余震が続いている中で、避難所を廻り、伝言メモを配布・回収することに不安はなかったのですか?と訊いた。
「危険だからといって行動しない、出来ないことはないのですよ。被害は津波だった訳ですし、私たちは地理が分かっています。心配はありませんでした」「情報の取次ぎは絶対にやるべきだったし、たとえ一人でもやろうと思っていました。信念としてやるべきだと思っていました」と、力強い応えがあった。
そういえば、避難所は高台に作られている。たとえ津波があったとしても心配はなかったろう・・・。

インタビュー時に熊谷さんが持参してくれたファイルがあった。手書きの「伝言メモ」である。避難所から託された伝言メモがファイルされている。そのファイルを手にして『この手書きのメモは私の財産』と言われた。
「被災した方は、人の生き死にのことをこの伝言メモに託しています。絶対におろそかにしてはいけないと思っています。」 「私達はもらい泣きし、タオルを持ちながら、電話で伝えるという得難い体験させてもらいました。」と、その思いと辛い体験を語った。

情報を届ける、伝えるという仕事は、人の思いを伝えること。熊谷さんのように、熱い思いを持った人々によって支えられているのだと改めて実感した。

細浦港の万灯篭(熊谷さん撮影)

取材から二ヶ月が経過し、お盆を迎えた。熊谷さんから「細浦地区では毎年“お盆には港に万灯篭”を灯して霊を迎えます。今年は津波の所為で人は少なかったのですが、万灯篭を灯しました」と、写真とともにメッセージが届いた。
取材の後に訪れた、細浦港の静かな佇まいに迎え火が灯る様子が浮ぶようだ。

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